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ヘルマン・ヘッセ「車輪の下に」感想 ヘッセ自身の少年時代を投影した自伝的長編小説

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著者のヘルマンヘッセはドイツ文学を代表する文学者であり、1946年にノーベル平和賞を受賞しています。

 

ヘッセの作風はとにかく人間の内面の深い部分までを追求していくようなテーマが多いため、「重い」「暗い」と感じる人も多いようです。
車輪の下に」はヘッセの代表作で、彼自身のすさんだ少年時代を投影しているためか非常にリアリティがあり、学校の教材などにもなっていて現在も広く読まれています。

 

本当に時々ですが、ヘッセをものすごく読みたくなってしまうのはなぜなのでしょう。ストーリー展開がどうこうというよりはもっと単純に、行間に溢れている寂しい雰囲気や悲しさ、ノスタルジックな空気感、そういった部分が好きだからにすぎないのかもという気もします。



というわけで今回は、「車輪の下に」を久々に読んだ際の個人的所感を書いておこうと思います。

 

 

 

車輪の下に」かんたんあらすじ

ハンスという少年は、天才的な才能を持ち、エリート養成学校である神学校に2位の成績で合格する。 町中の人々から将来を嘱望されるものの、神学校の仲間と触れ合ううちに、勉学一筋に生きてきた自らの生き方に疑問を感じる。 そして、周囲の期待に応えるために、自らの欲望を押し殺し、その果てに、ハンスの細い心身は疲弊していく。

引用元:Wikipedia

 

ストーリー展開のみを粗く読んでいくと、いわゆるザ・エリートコースを粛々と歩んでいた少年が友を失い、精神を病み、ついにはドロップアウトして実家に出戻り、最終的には最悪の事態を迎えてしまった…という流れになります。


加えて注視すべき点は、この小説が作者ヘッセのリアルな少年時代を色濃く投影しているというところで、だからこそのリアリティがあり、まっすぐ迫ってくるような焦燥感が精彩に表現されているのだろうなあと感じました。

 

が、ヘッセ自身はドロップアウトこそしたものの、ハンスと同じ運命を辿ることはなく、紆余曲折ありながらも「詩人になる」という夢を見事叶えているわけで。

なんとなくの想像ですが、ハンスという存在はヘッセの分身というか、もう一人の自分というか、…もしかしたら、こんな未来もあったかもしれない、というような想いの具現化だったのかもしれません。

 

 

車輪の下に」感想 :少年ハンスとハイルナー

ハンスとハイルナーという二人の少年の存在。この二人は、作中ではかなり親しい友人として描かれています。しかしハイルナーが問題行動の末に退学に追い込まれ、それですっぱりと二人の道は分かたれることになります。
一度はハイルナーに気を許し、内心で憧れさえ抱いていたハンスは再び、独りぼっちになるのです。

 

私は個人的には、このハイルナーという少年の思考や行動、感性がすごく好きです。

車輪の下に」作中にて明確に主人公として描かれているのは間違いなくハンスのほうで、ハイルナーのほうはいわゆる脇役的に、ひっそりと描かれているのですが、それでも退学という形で作中から退場するまで、彼の存在感は読者の目にはものすごく鮮やかに見えていて、そして彼がついにいなくなってしまってからも、彼の残像ともいえるような光が行間にわずかにちらついて見えている。
これはやはり、ハイルナーというキャラクターの魅力あっての効果なんだろうと思います。


車輪の下に」あとがきでも書かれていることですし、すでに多くの人がしているであろう解釈ではありますが、ハンスとハイルナーという二人の少年の存在は、おそらくは著者自身の投影です。ヘッセは自身の中にある大胆不敵な部分(ハイルナー)、そして繊細さゆえに病んだ心(ハンス)を作中に同時に出して、そして大胆さの象徴ともいえるハイルナーのほうを「退場」させ、残ったハンスの闇の部分のみを執拗に突き止めていった。しかし、そのハンスもまた、物語のラストで「退場」した。しかも一番最悪な形で。


このことを私たち読者は、どのように捉えたらよいのでしょうか。もちろん正解などありはしませんが、私は著者ヘッセが過去に封印してきた、神学校に関する一連の忌まわしい記憶を葬り去るために、あえてそこを直視するような描き方をしたのではないか、と思います。荒療治とでもいうのでしょうか。

 

何にせよ、そうした描き方のせいなのか「車輪の下に」に対し、ひたすら重く暗い印象を持ってしまう人も多いように思いますが、私はある意味では、この作品の本当のテーマは「再生」なのではないのかなと思っています。
何の?おそらくは、ヘッセ自身の。過去の痛みや傷を、本作の執筆を通してしっかり受け止め、浄化し、昇華させた。

 

だからこそ「車輪の下に」作中には悲しさとともに優しさがあるし、妙に安心するような読後感がある。それは多分、著者自身の精神世界の豊かさをそのまま反映させた世界観なのではないかと思うのです。