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ルシア・ベルリン作品集『すべての月、すべての年』感想 孤独と愛情に彩られた強烈な筆致

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『掃除婦のための手引き書』に次いで発売されたルシア・ベルリンの作品集『すべての月、すべての年』を最近ようやく読破することができました。


読みたい読みたいと思っている本は他にもたくさんあるのですが、結局読まないままいつのまにか人生が終わってしまう気がしてちょっと怖い今日この頃。


というわけで今回は、『すべての月、すべての月』収録作のうち特に印象的だった短編の感想を書き留めておきたいと思います。

 

 

 

 

ルシア・ベルリン『すべての月、すべての年』収録作品

収録作品は主題作『すべての月、すべての年』を含む全19作。

作品全体の雰囲気は『掃除婦のための手引き書』とほとんど同じ感じで、作品によっては完全に同じ主題(おそらくはルシア本人の実体験)に根付いた出来事を少し違う視点で描いているようなものもあり、多少の既視感はあれども退屈感は全くなく。


訳者の岸本佐和子さんは本書あとがきにて、

突き放しながら温かい。にぎやかなのに孤独。その不思議なバランスに、ルシア・ベルリンという作家の魅力の秘密が隠れているように思う。

と評しておられますが、まさしくその通りだなあと思います。


全作品において、たいがいは主人公の一人称で、しかも孤独や悲しみを感じさせる視点、語り口で物語は紡がれていくのに、なぜかそこに癒しの雰囲気も同居しているような不思議な印象がありました。

 


ここからは19作のうち個人的に特に好きな短編「哀しみ」「笑ってみせてよ」「B・Fとわたし」の概要をご紹介します。

 

『哀しみ』

メキシコのリゾート地に滞在する姉妹の話。姉妹のあいだには長年の溝があるが、妹の病をきっかけに二人の仲は急速に深まる。だが、姉のほうは自身の抱える大きな問題を妹に明かしておらず…

 

ルシア・ベルリンの小説には、特定の姉妹が登場する、どことなく閉塞感のある話が複数存在します。

『掃除婦のための手引き書』収録作品で言えば

・苦しみの殿堂 
・ソーロング
・ママ
・あとちょっとだけ

などなど。


いずれの話でも妹の名前は「サリー」であり、癌腫瘍により闘病中の身である。それに寄り添う姉のほう(おそらくルシア・ベルリン本人を投影している?)はアルコール中毒に苦しんでおり、加えてすでに亡くなった母親に対する憎悪の念を捨てきれていない。


ルシア・ベルリン作品における「姉妹」を描いた短編のうちでは、私はこの『哀しみ』という作品が一番好きです。

『哀しみ』作中では姉妹以外の視点からの描写が合間合間に細かく挟まれます。

偶然ふたりのバカンスに居合わせた老婦人から見たふたりの姿、というのがあるからこそ、二人の実際の在り方や感情がものすごく際立って見えて、また姉のほうの孤独や問題が誰にも見えていないというのがリアルで、痛ましくもあり。

 

アルコール中毒者の視点をあれだけリアルかつ濃厚にに描けるのはやはり、長年アルコール中毒に悩まされていたルシア本人の実体験あってのものなんだろうなぁ…

結局最後まで姉側の問題は誰にも明かされることがない…というのが、いかにもルシア・ベルリンの作品らしいなあと思います。

 

『笑ってみせてよ』

・息子の友人と恋人どうしになった元教師
・二人と関わる弁護士の男

上記の2つの視点が交差しつつ紡がれる掌編。


いいところでコロッと視点が変わるからこそ、読者である私たちは良い意味で感情移入を妨げられる。
どれだけ主観的な読み方をしていても、急に客観的な視点で読まざるを得なくなるので、結果的に誰に特別入れ込むことなくきわめて自然な視点で読み終えることができる。


ルシア・ベルリンの作風「にぎやかなのに孤独」は、まさにこういった視点の交錯により作り出されているものなのかなあと思います。

 

あと、ラストシーンが弁護士側の視点で客観的に淡々と描かれているにも関わらず、メインの二人の心情や今後までが明確に読み取れるのが個人的にはすごく好き。

 

『B・Fとわたし』

最晩年に書かれた作品です。

トレーラーハウスで一人で暮らす70歳の女性が主人公。タイル貼りの業者B・Fが家に来て、業務を遂行する…というだけの掌編。


この話は、『掃除婦のための手引き書』収録の『わたしの騎手』に少しだけ雰囲気が似ているように思います。

設定も語り手の境遇も全然違いますが、唯一 ひとりの男性の姿が「孤独な女性」の視点から淡々と綴られている…という一点だけが共通しています。
言葉にすればそれだけのことなのですが、その究極なまでにシンプルな視点と語り口に関わらず話自体がものすごく印象深く感じられるのが不思議だし、面白い。
ほんの一瞬の鮮やかさを切り取って表現する…というのはこういうことなのだろうなあ…


『わたしの騎手』と『B・Fとわたし』は、いずれも、男性と女性の関係性が恋人や友人などでなく、あくまでビジネス上の出会いかつ付き合いであるというのもまた良いんだろうなと思います。それ以上絶対に進展し得ないからこその魅力、みたいなものなんだろうか…

ルシア・ベルリン作品ではそういった特に名称のないような些細な関係性が鮮やかに描き出されている部分も多く、それもまた魅力の一つなのだろうと感じました。

 

現在日本語訳されているルシア・ベルリン作品

 

 

■『掃除婦のための手引書』の感想はこちら

itono-tono.hatenablog.com

 

 

 

それでは、今日はこのへんで。