今回は、小川未明さんの名作を語ります。
小川未明を知ろう
小川未明さんをご存じでしょうか。
明治から大正にかけて活躍された小説家・児童文学作家の方です。
著作は数えきれないほどですが、なかでも、童話作品を高く評価されています。
「日本のアンデルセン」「日本文学の父」などと称されるほど。
今回は、絵本化されてい『赤いろうそくと人魚』というお話に焦点を当てていきたいと思います。
赤いろうそくと人魚 ざっとあらすじ
人間の世界に並々ならぬあこがれを持つ、ひとりの身持ちの人魚がいた。
彼女はついに決心し、ある夜、陸の上に子どもを産みおとす。
人魚の子は、ろうそく屋の老夫婦にひろわれた。
子の下半身は、人間の姿でなく、魚のかたちをしていたけれど、夫婦はこれも授かりものだと、大切に育てた。
やがてうつくしく成長した娘は、一生懸命に、ろうそく作りを手伝った。
娘は、赤の絵の具で、白いろうそくに、綺麗な絵を描いた。
絵を描いたろうそくは評判になり、ろうそく屋はたいそう繁盛した。
しかしあるとき、人魚の娘のことを知った香具師(見せ物をする人、今で言うとサーカス業かな)が、訪ねてくる。
いわく、娘を売ってくれ、と。
始めは断っていた老夫婦も、大金に目がくらみ、ついに承諾してしまう。
人魚の娘は売られてゆく。その後、老夫婦は……?
ひとの世界に焦がれる人魚の女の、痛いほど純粋無垢な思い。
胸を打たれるものがあります。
人間の住む町は、明るくにぎやかで、美しいと聞いている。
人間は、魚よりも、また獣よりも、人情があってやさしいと聞いている。
人間は、この世界の中で、いちばんやさしいものだと聞いている。(本文一部引用)
それが間違っているなどとは、夢にも思わない。
だから、大切な子どもを、人間の手に託した。
人魚の娘もまた、健気である。
人間ではない自分を育ててくれた老夫婦に深い感謝をいだきながら、ただただ、静かにふたりに尽くす。
恨み言ひとつ言わずに、哀しそうに、売られていく。
人間にはたしかに、優しく、愛情深い一面がある。
動物の持たない、人情というものがある。
けれどそれは、人魚の女が信じたほど、強くたしかなものでは決してない。
状況が変わればあっけなくゆらぐ。跡形もなくどこかに消え去ってしまう。
かなしいほど儚いものだ。
絵のあざやかさ
この作品を語る上で、イラストのあざやかさは、外せません。
上リンクの偕成社発行の絵本挿絵は、たかしたかこさんという絵本作家・画家の方が描かれています。
たとえお話を知らなくても、挿絵を見るだけで、なんとも心打たれるものがあります。
冷たく暗い北の海の中にひとり静かにたたずむ、身重の人魚。
雲間からもれた月光が、彼女の横顔をしずかに照らす。
映像作品ではないのに、あたかも映像のようにあざやかに感じられる作品というのがありますが、この絵本は、まさにそうだと思います。
何より、絵本というのは、決して子どもだけのものではありません。
大人の方が自分のためだけに購入しても、絶対に損はしないと思いますよ。
ひとの残酷さを正直に描き出すということ
私は、童話とは大きく2つに分類できると思っています。
まずひとつは、子どものためだけに、子どもの視点に立って描かれたもの。
そしてもうひとつは、あえて子どもの目線に立たず、世界のやさしさも残酷さもすべて、何一つ包み隠さずに描かれたもの。
前者の作品は、やさしくおだやかな世界です。子どもはきっと喜ぶでしょう。親御さんも、安心して読み聞かせることができるでしょう。
そういう読書も、たしかに必要です。
けれど、子どもが大きくなって、もう読み聞かせなど必要としない年齢になってからもなお、精神世界の根幹に深く残りつづけるのは、後者の作品であると私は思うのです。
この「赤いろうそくと人魚」に限らず、ひとの残酷さを容赦なく描き出した昔話は、口承なども含め、たくさんありますよね。
一種の教訓として伝えられてきた…というのもあるのでしょうが、私はむしろ、そういう作品のほうが、多くのひとの心に深く響く鋭さを持っているという事実の現れであると思っています。
あたたかく穏やかでゆるぎない世界のほうが、読んでいて楽しいには違いありません。
それでも、私は幾つになっても、この世界の姿を見えるまま正直に描きだした作品に惹かれてしまいます。
それはおそらく、そこに書き手の惜しみない愛情を感じられるから。
少し話がずれますが、私は歌手coccoさんの『強く儚い者たち』という曲がとても好きです。
「赤いろうそくと人魚」を読むと、この歌のサビ部分の歌詞を思い出します。
飛魚のアーチをくぐって
宝島が見えるころ 何も失わずに
同じで いられると思う? …
人は強いものよ そして儚いもの (歌詞一部引用)
人は弱いものであり強いものである。そして、儚い。
そんな歌詞が、幾度も繰り返されます。
この歌もまた、人間のやさしさと残酷さというものを、飾ることなく正直に描きだしている作品のひとつですよね。ポップなメロディーがなおさら、歌詞の哀しさに拍車をかけています。
この歌にも、残酷さの裏に深い深い愛情があるなぁと思います。
何ひとつ包み隠さずにまっすぐ描かれた作品というのは、やっぱり心に響きます。
なぜならその正直さはおそらく、作り手の誠実さと愛情そのものだから。
小川未明作品には、他にも大人が胸打たれるような作品がたくさんあります。
ぜひ一冊、お手に取ってみてはいかがでしょうか。
それでは、今日はこのへんで。