疲れたときほど本を読みましょう

文学とエンタメが日々の癒し。 好きな作品の感想や日々のあれこれをマイペースに綴ります。

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他人の書いた考察記事を読むのは、なぜこんなに楽しいのか?

どうも、いとのです。

突然ですが、自分が夢中になっている物事に関する「考察記事」を読むのはすごく楽しいものですよね!


私自身も他の方のブログを見ていて、たとえば自分の好きな本、漫画、アニメ、映画などなど、とにかく好きなエンタメに関するものすご~く奥深い考察をを見かけると、ついつい食い入るように読んでしまいます。

当ブログは、基本的には私が好きな本、その他好きなことや興味のあること、日々の何でもないようなことなどについてゆるくだらだらと書いていくスタンスなのですが、

唯一、『暁のヨナ』という漫画に関しては、がっつり「考察」なるものをやっております。


まだこのブログを開設してから発売された最新話分しか書いていませんが、
それでも『暁のヨナ』カテゴリーの記事は、Google検索・yahoo検索からわりと長期的に、おそらくはヨナファンの方々から読んでもらえているようです。

いや~人気漫画の力はさすがだ…!と思いつつ、

今回は、「どこの誰とも知れない誰かが書いた考察」を読むのはどうしてこんなに楽しいのだろうか…? 

ということについて「考察」してみました!

(すでに不毛な記事になる予感。笑)

 

 

 

 

人は基本的に他人のことが気になる生き物である

「自分のことは自分がわかっていればそれでいい」「他人の意見や評価なんか気にするな」とか何とかいいますが、それでもやっぱり人間社会で暮らしている以上、「他人のこと」は、気になりますよね?

絶海の孤島にひとりで住んでいるのでもなければ、いや、たとえ孤島に住んでいたといても、今はインターネットという便利なものがあって、ちょっと検索しただけで、外国に住んでいる一生出会うことのないような人の日常だって、わりと簡単に覗き見ることができてしまうわけで…。

要は、知る必要のない情報までが、自分の意志に反してばんばん目に入ってくる。

嫌な時代になった、と捉えることもできるでしょう。
でも、考えようによっては、これは「他人」を前向きに意識することのできる人にとっては、ものすごく良い時代である、とも言えるんじゃないでしょうか…。


いや、なぜか啓発セミナーみたいな導入になってしまいましたが、結局、人を意識しないと成長もできないよね!というようなことを言いたいだけです。笑


私自身も先駆者たる「他人」の存在がなければ、そもそもブログ始めようなんて思いもしなかっただろうし、はたまた先駆者がいなければ「考察記事」書いて上げてみよう!なんて思いつきもしなかったし。。


特に「はてなブログ」の世界って、ほんとうにすごいですよね。笑

思っていたよりもSNS要素がすごくて、はてなスターつければそこから読んでもらえたりもするし、購読リストにいけば、他のはてなブロガーさんの記事が、次から次へと嫌でも目に入ってくる。

このシステム、たぶん合う人も合わない人もいるんだろうなとは思いますが、
基本的に「お手本」たる「先駆者」がいないと何も始められない私のような人間にとっては、たいへん有意義なシステムだと思ってます。

(おおっこんな記事書きたいな~あっ、こんなブログデザインもあるんだ!と、いろいろと勉強になる。)

正直ブログ開設前は、「はてなブログ」にするか、それとも無料ブログでありながら運営側の広告が入らない「blogger」にするかとずいぶん悩んだのですが、
いや、はてなさん選んでよかったな!と思っています♪

 

一般大衆の意見が知りたい

たとえば自分の好きな漫画に関する考察をネット上で探したところ、「有名コラムニストが書いた考察」と、「一般の匿名の人が書いた考察」のふたつがあって、そしてそのどちらかしか読めないとしたら…

皆さまは、どちらを選びますか?

私は、迷わず後者を選びます!!

いや、なんだかんだでどっちも気になるわけだけども(笑)、
それでもどっちか選べ、といわれたら、やっぱりできるだけ「一般大衆」の意見を知りたいな、と思ってしまう。

これがもし「好きな漫画」についてじゃなく、何らかの専門知識に関する情報を求めている場合だったら、それはもう前者の「専門家」の意見一択でしょう。

ですが、本、漫画、アニメ、映画などなど…つまり、エンタメ関連の話題においては、
ひとりの専門家の意見よりは、無数の個人の意見のほうが、よほど有用なんじゃないか?と、私は思ってしまいます。

いわゆる専門家は、物事をどこまでも学術的に、学究的に捉えて、つまりは「形式」に則って、自分の意見を述べるのが仕事です。
これだと、とにかく有用で有用で有用すぎて、逆に有用じゃなくなることもあるんじゃないか、って思います。(すでにこの文章が有用じゃない説。笑)

つまり、求めているのはそんな小難しい理屈じゃないわけですよね。
あくまで自分と同じレベルで、土俵で、まったく違う読み方をしている人の意見が知りたい、と思ってしまう。

あとは何と言いますか、とりあえず利害とか損得とか体裁とかをいっさい考えない、無垢な子どもみたいな視点で書かれた文章とか記事を見つけると、ほんとうに嬉しくなる。

たとえば小説などを書くとき、「雨」の描写をする場合に、
銀色の雨がしとしと降る」となどと書く人は二流で、ただ「雨が降っている」と書く人こそが、一流なのだそうです。

たしかに「子ども目線」だと、そうですよね。
雨の色だの音だのは「当たり前」のことだから、わざわざ考えたり口に出したりはしない。
「あ!雨ふった~!」で終わりだし、でもそれをそのままストレートに「書く」のは、簡単なようでいて、実はそうとう難しかったりもする。

「一流」の書き方ができる人に、私もなりたいと思う。
そして、なんだかんだブログを長く続けていける人、書くことを継続できる人の共通項というのは、「記事の有用性」などよりも、この一流の書き方ができているということなんじゃないかなと、ちょっと思い始めています。

 

懸念事項

ちょっと心配なのは、当ブログは別に「漫画ブログ」ではない、ということです…

このまま『暁のヨナ』関連記事が伸びるのは嬉しいけど、読者登録してくださっている方々の多くはこの話題、さほど興味はありませんよね?(苦笑)

もういっそ「漫画考察」特化ブログをもうひとつ作ってしまおうかともちょっと思ったけど、そんな余裕はとてもない…
(その場合、ブログタイトルは「疲れたときほど漫画を読みましょう」にでもしますか。笑)


しかし『暁のヨナ』は、とても考察向きの漫画だと思うんですよね。
「恋愛」以外の要素ーー政治だの戦だの一国の歴史だのなんだのが満載で、見方によっちゃボーイズラブ要素もなくはないと思っている。

まずはもっと「上手な考察」ができるようになりたいので、とりあえず今後もヨナが完結するまでは、最新話が出るたびにひっそりだらだらと考察記事を上げていこうかと思います。


皆さまも良かったら読んでみてくださいね♪
アプリ「マンガpark」で、無料で読めます!


…あれ、結局『暁のヨナ』布教記事みたいになってますが、まあいいか…。笑

 



それでは、今日はこのへんで。