『バグダッド・カフェ』はどことなく捉えどころのないふわっとした雰囲気の映画で、何回見ても一番の見どころとは果たしてどこなのだろうと思わず考え込んでしまうような独特の世界観だなあとつくづく思います。
そして、中でも特に気になるのはラストの台詞、求婚されたジャスミンが口にした言葉「ブレンダに相談してみるわ」なんですよね。
今回はこの台詞の真意について、個人的に思うことを書いていきます。
なぜ求婚の答えをYesあるいはNoにしなかったのか
「ブレンダに相談してみるわ」というのは、作中のラストに唐突に出現する求婚シーンにて、ジャスミンのルーデイに対する答えである。
自分と結婚すればビザ等の問題に煩わされることなく、今後も長くここに滞在できる…という何とも論理的かつ合理的な言葉で、ルーデイはジャスミンにプロポーズをする。そしてこのプロポーズに対し、ジャスミンはほとんど表情も変えないまま「ブレンダに相談する」と答える。
彼女はなぜ、そうした曖昧な言葉しか返さなかったのだろうか。
すぐに思い浮かぶ理由としては「考える時間が欲しかった」というもの。これ自体は別に不自然なことではない。結婚は人生における重要な一幕であり、ただ被写体になることを許していたというだけの相手に対し、その後の人生をそのまま預けるような選択をするにはそれなりの心構えが必要だと言えるだろうから。
しかし作中のジャスミンの行動や言動を見ていくと、彼女は非常に直感的、感覚的に生きている女性であるというのも事実だと思う。
仲たがいした旦那の車を迷いなく降りて、大きなスーツケースを抱えながら砂漠の中を一人歩きつづける毅然とした姿も、またオーナー不在のカフェ店内を勝手に掃除し始めてしまうその奔放さも、ジャスミンの芯の強さをそのまま象徴している。
それほど自分に正直に、まっすぐに生きている彼女が、はたして結婚に対してはそんなに慎重になると言えるだろうか。
ジャスミンは自分自身の責任を背負い、それを果たせるたくましさを持った女性だと思う。前の夫とのこともあり、結婚の煩わしさも知り尽くしていることだろう。
求婚に明確な答えを返さなかったのは本当に「ブレンダに相談」したかったのではなく、やはり、慎重に考えたい…というポーズだったのではないだろうか。
『バグダッドカフェ』は「恋愛映画」ではない
映画『バグダッドカフェ』はあくまで人と人との交流を描いたヒューマンドラマであり、いわゆる恋愛映画ではない。…が、作中に恋愛の要素がまったくないというわけでもない。
作中には2組の夫婦が、ある種対照的に描かれている。映画の冒頭で「喧嘩別れ」し、そのまま(おそらくは)会うこともなかったジャスミンと元夫。
そして、同じく冒頭で「喧嘩別れ」するが、作品のラストで「仲直り」するのが、ブレンダとその夫である。
もしジャスミンが映画のラストで求婚を受け入れていたとしたら、第3のカップルが成立するということになる。それでは作品における「恋愛」の色が少々強くなりすぎる。
映画にしても小説にしても、恋愛という要素の比重は非常に大きい。もちろんその要素を前面に出した作品であればそれで構わないが、そうではない場合、表現の塩梅がとても難しいらしい。
以上のことから、ジャスミンが求婚に対し明確な答えを返さなかったのは、もしかしたら『バグダッドカフェ』という一つのヒューマンドラマのバランスを保つためなのしれないなと個人的には思うのだ。
また、ここからはもはや想像というより妄想の域になってしまう気がするけれど、私は、ジャスミンはもう再婚などしないのではないかと思う。
熱く乾いた風が私に吹きつける
…
私たちはともに変化が訪れると知っている
もうすぐ甘く解き放たれる(calling You 和訳)
映画の冒頭から、この曲が流れだした瞬間から、彼女は何にも縛られずどこまでも「自由」だった。これからもそのまま、誰にも束縛されることなく「自由」で居続けるのだろうと思う。
そんな彼女が、仮にも「アメリカへの滞在」などという世俗的な目的のもとに再婚することはないだろう。たとえ、その目的が単なる建前にすぎなかったとしても。
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