疲れたときほど本を読みましょう

文学とエンタメが日々の癒し。 好きな作品の感想や日々のあれこれをマイペースに綴ります。

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雨の日のご縁

雨が降っている。

駅の屋根に叩きつけるようにどしゃどしゃと降る。ここ数年、見たことも聞いたこともないような豪雨である。
家に帰りたいが、いつものバスがいつになってもやって来ないので、帰れない。

 

駅には、わたしと同じく足止めを食らった人たちがたたずんでいる。
となりに立つ男性の背がやたら高い、とふと思ってなにげなく横目で見上げると、
それは人間の男ではなくて、一匹の狐だった。

ほうほう、「となりのトトロ」で、初めてトトロに遭遇したさつきちゃんの心情はおそらくこんなだったのだなと思いながら、わたしはそのまま、さりげなくじっくりと、かの狐を観察した。

 

狐のくせして、そこらのサラリーマンが着ているのより明らかに質のよさそうな背広を身に着け、某高級ブランドのバッグなんか持っている。
頬のあたりのりっぱな髭を、若い男がよくするように、整髪剤かなにかで丁寧にまとめて、きゅっとなでつけている。
視線をそっと動かして、狐の尻のあたりを見てみたが、期待した尻尾は、そこには見当たらなかった。
さすがに背広なんぞ着て人間ぶっている以上、尻尾なんてさらすのは、狐なりに抵抗があったのかもしれない。
もしそうなら、またずいぶんと世間体を気にする狐である。

 

ポーンと響く音がした。
狐はぎくりと身を震わせ、それにつられて、わたしも思わずびくっとした。

 

豪雨による渋滞の影響で、バスの到着が遅れているようです。大変申し訳ございません。今しばらくお待ちください。
駅構内放送であった。


わたしと狐の近くに立っていた若い男が、苛立たしげにちっと舌を鳴らした。
狐はどうだろうと思って、ふたたび様子をうかがってみたが、彼はただ、悲しげに雨だれを目で追っているばかりである。
苛立ちを隠そうともしない人間の男より、物静かな狐のたたずまいのほうが、わたしにはよほど好ましかった。

 

狐は降りつづける雨を、いかにも人間じみた胡乱な眼つきをして眺めている。
獣も、ホモサピエンスと同様、雨が苦手なのだろうか。
雨嫌いといえば猫だが、狐は猫に類する動物であっただろうか。
そんなことを考えていると、狐がふと、こちらを見た。
こっそり見ていたのがついにばれたかと、わたしはひやっとして目をそらした。

 

「降りますね」
狐が言った。

「降りますね」
わたしも答えた。

 

「コーヒーでも飲みませんか」
「飲みたいですね」
「では僕がごちそうしましょう」
「いいんですか」
「ええ。こんな雨の日のご縁ですから」

 

狐は、駅構内の自販機で、あたたかい缶コーヒーをおごってくれた。
わたしは、ふだんコーヒーなど飲まないのだが、このときばかりは、やたらに美味しく感じた。
そして、先ほど狐が口にした「雨の日のご縁」という言葉が、やたらと耳に残っていた。

 

狐に連絡先をきいても良いものだろうか。
でも、狐なのに、スマホなんて持っているだろうか。
いや、こんな洒落た格好をしているんだから、持っているに違いない。

「連絡先を」と今にも切り出しかけたそのとき、待ち望んだバスがようやく構内に入って来た。
「よかったですね」
狐は目顔でそう言い、わたしに軽く会釈をした。
そして、ふとわたしの肩越しに誰かを見つけたらしく、かすかに口元をほころばせた。

 

バスに乗り込みながら、さりげなく振り返ると、さっきの狐が、駅の反対側のだれかに向かってまっすぐ駆け寄っていくのが見えた。
目を凝らしてよくよく見れば、それは品の良い、一匹の女の狐であった。
ふんわりした流行りの服を着て、いかにも可愛らしくにっこりとほほ笑んでいる。

 

連絡先を聞かなくてよかったと思いながら、わたしはほこりくさいバスの座席に腰を掛けた。

 

 

【追記】

…と、いう、夢をみました。

 

夢日記は書いたほうも読むほうもいずれ気が狂うといいますから、ご注意を。(もう遅い)

 

 

それでは、今日はこのへんで。

またお会いできますように。